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修行で身につくのは加減

仕事のおぼえ方について気になったので。

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修業期間に得られるもので一番大きなのは技術じゃなくて加減だと思う。どの程度厳格に、言い換えればどの程度いい加減にやる仕事なのかってこと。その世界における適当とはどの程度なのかということ。これは一朝一夕には身につかない。

寿司屋なら、1年足らずで師匠が認めるほどの技術を身につけたとしても、それを継続してお客さんに提供していくっていうことがどういうことなのか、理屈だけでは不十分。営業を続けていく限り何十年も毎朝市場に行くとはどういうことか。欲しいネタが必ず適当な値段で出ているとは限らない。例えばマグロが高いときにその日は出さないってことは認められるのか。提供価格を普段より上げるとして、何%ぐらいならいいのか。最高のものでなければいつもの値段で手に入るなら、その質の差はどの程度まで許容できるのかなどなど。そういったことは年単位の経験でしか身につかない。場所や客層でも違うからマニュアル化もできない。それを状況に応じて柔軟に対応できるスキル。

客の立場で考えて、100%のクオリティが納得の価格で待たされずに出てきて、少しでも瑕疵があったら払わなくていいなんて環境ないでしょ。多かれ少なかれ妥協しないと、ご飯も食べられない。その加減ってのは大変に曖昧なものだと思う。

堀江さんが言うのは、待つのも高いのも供給が安定しないのも嫌だけど、それでも手に入れたいと思わせるようなクオリティを提供できるひとつまみの話であって、極端な話頑固オヤジのラーメン屋ですよ。スープに納得がいかなかったからって店開けないとかができて、それでもキャッシュフローが滞らないほど普段から儲けられているような店の人なら実践できるだろうけど。でも、それにしたってみんなそれが好きなわけではないでしょう?

まあ、10年は確かに長い。そこまでせんでもとは思わないでもない。ただ、下積みを軽視するその態度は一部の天才が死屍累々の上に幅をきかせる結果が待っていると思うし、そんな世の中嫌なので、おれにとっては勘弁してほしいという話。数えるほどのミシュランで星取るような高いお店に大勢並ぶ世界より、ちょっとの贅沢にそこそこのお寿司をいつでも食べられるお店が沢山ある世界のほうがおれは好き。堀江さんは格差を特別悪いことだと思ってなさそうなので、ブレてはいないと思うけどね。

ちなみに寿司という結果だけ見て、修行していない人の寿司には何かが欠けているというのは本当にアホらしいと思うのでそこは堀江さんに同意する。上手くいってるならそれはそれでいいんだし、(その人にとって)無駄な時間を使わないで済んだというのはいいこと。問題はそうできない人の話。堀江さんが間違えていると言いたいのではなく、どんな人を対象にしているのか、どんな世界が好きなのかということの違い。

役所みたいに100%厳格が基本で、相手がそれに従わないならはねのける力のあるところもそんなに要らないけど、普通の人は普通の世界で普通の人を相手に仕事しているわけだから、ある程度の短くない時間、業界を学ぶってのはいいことじゃないかしらね。理不尽なことを、自分のリスクでなく、給料もらいながら経験できるってのは実は結構いいシステムですよ。もちろん指導者が理不尽なら全然話は違うけど、それはまた別のテーマ。