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キングスマン(ネタバレ)

初めに書くと、評価は低いです。つまらないっていうのではなくて、ものすごく惜しい、だけど。それを端的にいうと、キービジュやトレイラーであれだけルックスのよさをアピールしたコリンファース、ソフィアブテラ、そしてサミュエルLジャクソンがストーリー上ただの脇役であったということ。なので、それぞれ何故小物になってしまったのかを書くことで、その惜しさを表現したいと思う。

ハリー(コリンファース)

この作品でのハリーは無敵でなくてはいけなかったのではないかしら。作品におけるキャラの強弱を測るための絶対の物差しであるべきだったと思う。前半はそうだったのに、中盤以降簡単に正体バレるわ策謀に嵌まるわ直後に血を見るのが嫌で現場は見ないなんて体だったヴァレンタインに、その直前のシークエンスで死角からの銃撃すらかわしていたのに簡単に殺されるとか。納得がいかなさすぎるから、これは殺られたふりで実は生きているっていうよくあるパターンだと最後まで思い込んでいたよ。これだけ残虐描写してる映画なのにそこは引きの絵だったし。

ちょっと話違うけど、なんで犬を撃つのが正解なの?正解でもいいけど、そのロジックは示された?彼女は撃った、おれも撃ったって言ってるだけじゃない。犬を撃たないと自分や味方が危ないとかいうシチュエーションを用意したうえでならまだわかるけど。育ててきた犬を意味もなく殺すようなやつが紳士ですか?で、撃たれた犬がその先飼い主を信頼するの?犬だから空砲をわからないでするかもしれないけど、いい話ではないよね。撃つのがキングスマンとしては正しいというロジックを示したうえで、後々撃たなかったログジーの優しさ、甘さが活きる、とかだったらよかったかも。例えば、なにかやらかしたチャーリーをエグジーが友情を感じて見逃すんだけど、後でそのチャーリーが助けてくれる、とか。

ガゼル(ソフィアブテラ)

一番最初のシークエンスで、おそらくはハリーと同格と思われるベテランキングスマンであるランスロットを気づかれることもなく瞬殺します。ここで、ああこいつ最強の敵じゃん勝てないじゃんといきなり印象づける。キングスマンという組織自体の無敵をいきなり損なってまで。なのに、そのガゼルはハリー(≒ランスロット)を超えたという描写のないままのエグジーに割と簡単にやられます。殆ど状況による有利不利がないタイマンなので、もう強弱の不等号がむちゃくちゃです。だからハリーを殺しちゃいけなかったってのもある。終盤でエグジーの劇的成長を促すような描写は盛り込めないだろうから、もうこれはガゼルを倒すのはハリー以外ではありえなかった。それを骨にエグジーをどう活躍させるかっていうシナリオにしなければいけなかった。ここは断言する。それであればハリーもガゼルも最強というイメージを損なうことなく美味しい主役級になれた。そして、その二人の対決は最高のクライマックスになったはず。

ヴァレンタイン(サミュエルLジャクソン)

もっと純粋でなければいけなかったと思う。地球のために犠牲はやむを得ないけど、血は見られないっていう設定はいい。そのためにガゼルがいて、汚れ役は完全に引き受けるというバディ感。なのに、なんでハリーは撃つの?そこはとにかくできないっていう 設定はすごく大事だったと思うのだけど、崩してまで撃つ必要性を全く感じず、キャラがブレただけに感じた。
そして方舟に載せるのが金持ちとか教授とかの白人ばっかってのもよくわからない。しかも本人黒人なのに。いろんな人種から、いろんな職業を集めましたっていう描写は必要だったのでは?その描写は黒人と白人ではダメで、例えばヒスパニックの貧しいけど、すごく絵の上手な子を見つけて生かすことにする、とか。そういうのがないために、金ではどうにもならんとか言いながら金なの?っていうセレクトをしている小物感が出てしまっているのもヴァレンタインを脇役にしてしまった。絶対悪だから絶対正義、ぐらいの大物感が欲しかったなあ。とにかく、彼のプロジェクトややり方に「そうかも?」って思わせるところがなさすぎたよ。方舟だって小さすぎ(人数少なすぎ)でしょ。そんな人数で、力仕事のできなさそうなやつばっかで、ヴァレンタイン自体を有力者足らしめたネットももう機能しなくなるわけでしょ?ヴァレンタインの望みが世界の破滅(=地球の存続)だとしても、賛同者たちもそうなの?

他に気になったもろもろ

クライマックスで完全に退場したと思って忘れていたチャーリーが出てくるのは、一瞬やるじゃん!と思ったけど、ちょっと考えたら、一番最初に記憶を消せるっていう描写入れてたよね?脱落した候補生にはそれ施さないの?機密に触れまくってるから裏切られたらことじゃん、ってか実際現場で裏切られてエグジーの正体バラされてるじゃん。同行者は記憶を消せるのは直前の短い時間だけなのでは?って好意的な解釈してたけど、ならそんな基地の中見せちゃダメじゃん。エグジーだって脱落した後ハイテクカー乗ってっちゃうわ簡単に隠し部屋行ってるわだけどあれもナシでしょ。どんだけゆるい組織なんだよと。

ハリー、ガゼルが無敵を匂わせていた中盤まではすごくよかったのに、それが崩れていく終盤がどうしようもなくダメというかいいかげん。

あと、ハリーが簡単に(例えばガゼル以外に)殺られるとか、アーサーが裏切っていたとかの、キングスマンという組織自体の絶対感のなさは、あるかもしれない続編でならいいけど、初手にかまされると、最終的にエグジーがなったという体のキングスマンだって大したものではないのでは、という見え方になりませんか?重複もするけど、簡単に正体バレるわベテランが二人も瞬殺されるわリーダー裏切るわ脱落した候補生が敵に回るわってさあ。

紳士っていうワードが殆ど活きなかったのも大きいな。これは描写された他のキングスマンが紳士っぽくさくっと殺されたランスロットと裏切ったアーサーだけで、紳士っぽく強いのはハリーだけ、なのにそれもあっさり殺られる。紳士であることが強さ、カッコよさに繋がる描写は必要だったのでは?それをやっていたランスロットを瞬殺にしてしまったのは、ガゼルの強さを描く意味では大きかったけど、それも活かさなかったわけで、ストーリー上の機能として犬死。

そもそもエグジーたちが挑んでいたのは訓練ではなく試験だよね?job interviewって言ってたもんね。その最中に成長はあるにしても、そこでベテランたちより強くなるってのは説得力がない。エグジーが素質を見せるのは団地から逃げ出すときの身のこなしだけであって、戦闘という意味ではそこらのチンピラ以下っていう描写だったのに、それが中ボスを倒すとかいう段階も見せないまま最強レベルの敵を倒しちゃおかしいよ。

これは細かいけど、ロキシーは高いところダメだったよね。上空でいきなり現れたその設定は直後に解消されたっていうよくわからん感じでいいの?そこにドラマがあって、更にエグジーの方が戦闘には長けているという描写があって、乗り込むにはエグジーだけど、ロキシーは高いところにいけない、どうする!?とかにするんだったら意味がわかるのだけど。

更にさらに、ねえ?他のキングスマンは?いないの?各地に散ってたキングスマンたちが窮地に駆けつけて圧倒的なチームワークで最強の敵ガゼルを倒す、とかでもまた違ったキングスマンのカッコよさが描けたと思うんだけど。

最後、威風堂々をまきおこすアレ、できるんならハナからやらんかい。できない事情とそれを解決するシークエンス、これは必要でしょ。

確信的なB級ということであれば、そして宣伝からしてそういう見え方であったならここまで文句もなかったと思うけど、まあ、とにかく期待しすぎた。75点ぐらいの映画だったのに、90点超えを期待して裏切られたので印象が60点。

しかしそれにしても最後のまさかの模倣犯オマージュが世間(?)で好意的とはなあ。

宇多丸師匠はまあ、根本的に映画の楽しみ方が違うと思っているのでいいんだけど、神山健治監督がマッドマックス4超えって言ったのは、009のアレさも考えて結構がっかりした。こういう理由付けをとことん考えぬくのがやり方じゃないんですか?

とはいえ

これだけ楽しみに観に行っただけあって、ルックスは本当にいいんですよ(模倣犯オマージュ除く)。特に殺陣は絶品。それだけでも価値のある映画だとは思います。

ていうかそもそも

これ原作つきなんですよね。守る必要があるのかは別として、守った結果がこれならつまらないことだなあと思いました。